いろいろなことを考察する

高橋泰氏の「感染7段階モデル」に対する船曳氏の反論を検討してみました

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高橋泰氏が 「新型コロナ、日本で重症化率・死亡率が低いワケ」 で「感染7段階モデル」(以下、単に7段階説と書く)を示しました。

これに対し、船曳氏 @HironoriFunabi1 が、ここ 以降の 16 tweet で反論しています。 また船曳氏は、16 tweet 以降に、いくつかのコメントで補足しています。

これら船曳反論に関連して、気がついたことがありました。

なお、船曳氏が「(7段階説の)全てを検証したのではなく、いくつか要点を押さえた」の旨、述べています。

また、このエントリを書いているうちに7段階説の誤りと思われる点に気がついたので、別エントリ 「高橋泰氏の「感染7段階モデル」の誤りと思われる点について」 を書きました。

本エントリを書くに当って、上記 東洋経済記事 の他に、以下の3つの論考や記事も参照しました。

ただしこれらを全て精読、把握できたわけではありません。特に「提言」は把握しきれませんでした。本来ならば最も詳しい「提言」を把握すべきところです。

(1)要点

私は、船曳氏の指摘する論点を(船曳論点1)~(船曳論点5)の5つに整理し、検討しました。

順に説明しますが、全体が長くなったので要点を先に示します。

  • (船曳論点1)自然免疫、細胞性免疫などの用語の件
    この論点は、7段階説の論旨を揺るがすものではないと考えます。

  • (船曳論点2)「既に少なくとも3割が曝露している」の妥当性に関する件
    この論点は、7段階説の論旨を揺るがすものではないと考えます。

  • (船曳論点3)発症者死亡率の欧州との差が大きすぎるのでは、の件
    この論点は、7段階説の論旨を揺るがすものではないと考えます。

  • (船曳論点4)「全国で3800人以上死ぬことはなさそう」に関する件
    この論点は、別エントリの (3b) で指摘した、7段階説の誤りと思われる箇所に関係していそうなので、検討しませんでした。

  • (船曳論点5)メディアの報道姿勢に関する件
    この論点については、船曳氏の考えに異論はありません。

(2)7段階説の特徴

最初に、7段階説がそもそもどういう説なのかについて書いておきます。
この点を誤解する人もそれなりにいる模様です。

7段階説は新型コロナの「感染7段階モデル」を示し、それぞれの段階の確率を推定したものです。 「提言」 によると、確率は高橋氏らが「最もありそうだ」と判断したもので、「確度の低い参考値としてみていただきたい」としています。

また7段階説での数字の多く(あるいは全て)は「・・・の段階の確率は・・・%であるが、これは免疫システム・・・が・・・と動く確率が・・・だからという研究に基づいている」というような感染機構、免疫機構の解析から算出したものではありません。

こうした説の意義を確認しておきます。
7段階説のような説を諸機構の解析から導出できればその方が望ましいことに異論はないでしょう。では私たちはそうした説の登場を待つべきなのでしょうか。
これには長い時間を要すると思われます。

高橋氏は7段階説を「全体像が見通せ、かつ数値化できるモデルを作ろう」という意図で作りました。
現時点で入手可能な証拠から全体を見通すことのできるモデルを作成すれば、それが仮に不完全なものだったとしても、我々が新型コロナウイルスを理解するのに役立つと考えたのでしょう。
妥当な考え方だと思います。
(もちろん、作成されたモデルが妥当なのかどうかは別の話です。)

仮に7段階説が現時点において「この説の数字は全て正しい」と強く主張するのであれば、不十分な根拠に基づく主張だと批判される余地は残るでしょう。

しかし7段階説はそうした主張はしていません。先ほども書いたように「最もありそうだ」を根拠として提示された数字もあるのです。

この7段階説のようなモデルが自明なものでないなら、7段階説の提示には意義があると考えます。
自明ではなかったから、7段階説は話題になったのでしょう。
7段階説の正当性は、提示する説明の一貫性、妥当性、簡潔性などによって決まります。

(3)自然免疫、細胞性免疫などの用語の問題(船曳論点1)

まず、船曳氏が ここここ で述べている、自然免疫、細胞性免疫などの用語の問題があります。
船曳氏提示の資料を見る限り、これは船曳氏の指摘が正しいのではないでしょうか。

こうした用語に誤りがあると、7段階説全体の信頼性や印象を低下させかねません。
しかしこの論点は、用語などを修正すれば済む話であって、7段階説の論旨が揺らぐような問題ではありません。

(4)「既に少なくとも3割が曝露している」の妥当性に関する件(船曳論点2)

7段階説が、「日本では、欧米より新型コロナに曝露した人が極端に少ないとは考えにくく、既に少なくとも3割が曝露している」としていることに対し、船曳氏は主に

  • (4a) 日本を欧米は状況が違いすぎる
  • (4b) 根拠が謎で極めて問題がある
  • (4c) 無症状患者の方が有症状患者よりも長い期間、新型コロナウイルスRNAが検出との報告あり
  • (4d) 無(未)症状でも感染できることは広く知られている

と指摘しています。ここここここここ

まず (4a) ですが、7段階説は「日本と欧米の状況が違うとしても、死亡率などの違いが顕著である」と指摘しているのですから、船曳氏のような批判は特段の事情が無い限り、根本的批判とはなりません。

(4b) の「根拠が謎」との指摘も根本的批判とはなりません。
「暴露3割」という数字は 「暴露率をいくつか設定し、動かしながら、実際の重症者や死亡者のデータに当てはまりのよいものを探るシミュレーションを行った。」 という方法で得たものです。
7段階説の根拠は「当てはまりがよい」です。批判するならば「当てはまりがよくない」との実例を挙げるべきです。船曳氏は、この論点についての「当てはまりがよくない」事例は挙げていません。
そもそも新型コロナウイルスに関しては、暴露について論じられることは少なかったので、別途根拠を探すのは容易ではないと思われます。

(4c) は、無症状の方が有症状よりも感染性が高い(あるいは低くない)との論旨にも読めます(ここでの船曳氏の論旨は、はっきりしない)が、補足 tweet において、完全な撤回ではないものの、事実上論旨を修正しています。

(4d) については、船曳氏は 補足 tweet において、主張をかなり弱めています。
船曳氏は、無症状者(おそらく、ある時点で無症状であり、そのまま治癒する者、の意味)と、未症状者(おそらく、ある時点で無症状であり、後に発症する者、の意味)を分けています。
7段階説の「無症状者」が指しているのは前者でしょう。
であれば、船曳氏のこの点についての主張はかなり弱くなります。

本項の検討により、船曳氏の (4a)~(4d) の主張は、7段階説の論旨を揺るがす問題ではないと思われます。

(5)発症者死亡率の欧州との差が大きすぎるのでは、の件(船曳論点3)

船曳氏は、ここここここ において、発症者死亡率の欧州との差が大きすぎるのでは、と指摘しています。

(現段階において)発症者死亡率を直接調べた調査はないと思われます。日本でも、欧州でも。(私は存在するかどうか、調べていません。)
ないと思う理由は、「発症者数」の中には、「コロナに感染し、発症したが、病院に行かずに治ってしまい、患者として認識されなかった人」が含まれているからです。
こういう人の人数を把握するのは困難です。

高橋氏らや船曳氏も、発症者死亡率についての確たる情報を持っているわけではなさそうです。
持っていれば、利用したり提示したりするでしょうが、どちらもしていません。

この件についての船曳氏の主たる論旨は以下です。
本項では特に注記のない限り、70歳以上に限定して論じます。

  • (5a) 7段階説は日本の発症者死亡率を 0.4% としている。
  • (5b) 日本の CFR(確定診断患者致死率)は 20% である。
  • (5c) したがって7段階説の考え方だと「発症患者の50人に一人しか検査で検出していないことになる」 (50 の計算式は、おそらく 20 / 0.4 = 50)
  • (5d) 日本の CFR は欧州より低いが、特に低い訳ではない。
  • (5e) 欧州の発症者死亡率を日本の5倍とする根拠は薄い。


それぞれを見ていきましょう。
(5a) と (5b) は船曳氏の説ではなく、事実の提示です。

(5c) については、少し補正が必要と考えます。

  • (5c1) 発症者死亡率 と CFR とは直接比較できません。後者は無症状者も含む数値だから補正が必要です。
  • (5c2) この補正を行うと、船曳氏指摘よりも、両者の数字の開きは大きくなります。したがって船曳氏の論旨は数字の上では強化されます。

この補正を考慮しても、私は (5c) の船曳氏の主張は、7段階説に対する根本的な批判にはならないと考えます。
理由は以下です。
(本来は、補正した数値で議論すべきですが、煩雑であり、補正に使う「日本の70歳以上のPCR陽性者有症率」などの数値も適切なものは(たぶん)得られないので、以下、船曳氏指摘の「50人に1人」の数値で検討を進めます。気になる人の興味ために書くと、手元の試算では、補正後は「発症患者が70人のうち、PCR陽性発症者が1人」ぐらいになりました。ただしこの補正の根拠は薄弱です。)

  • (5c11) 船曳氏は「発症患者50人にPCR陽性者1人だ」という旨を否定的な文脈で指摘していますが、根拠を明示しているわけではありません。

  • (5c12) 7段階説は、うっかり「発症患者50人にPCR陽性者1人だ」としてしまって、それを船曳氏に指摘されたのでしょうか。
    そうではありません。7段階説では、現時点においてはこの「50人に1人」という数値を、「最もありそう」な確率を支える数値として(実質的に)採用しているのです。

  • (5c13) そもそも7段階説は、「新型コロナに罹った人はPCR陽性者数の少なくとも100倍、おそらく数千倍レベルで存在することを仮定」しています。(「提言」 の 13/21 ページ(ノンブル20)、下の方)。この表現は 70歳以上ではなく、全体についての言及なので、70歳以上では、この「倍率」は下がるでしょう。高齢者はPCR検査の対象になりやすいと思われます。

  • (5c14) 7段階説は、新型コロナに罹った人の一部が発症すると考えています。
    今回の議論に関係するのは (70歳以上における罹患者発症率) です。

  • (5c15) 船曳氏の指摘した 50 というのは、(70歳以上における 5c13 の倍率) × (5c14 の70歳以上における罹患者発症率) です。
    50 = (70歳以上における 5c13 の倍率) × (5c14 の70歳以上における罹患者発症率)
    初めて 50 と聞くと大きな数字と思うかも知れませんが、そもそも (70歳以上における 5c13 の倍率) はおそらくかなり大きい。
    この 50 は7段階説にとって「うっかり」したものではなく、(実質的に)意図したものです。

  • (5c16) 50 が(実質的に)意図したものとして考えると、これを否定するには根拠が必要です。
    少なくとも7段階説が持っている根拠と同程度のものが必要となります。

これらが、(5c) が7段階説に対する根本的な批判にはならないと考える理由です。
お船曳氏は、一連の反論を見る限りでは、「提言」 は参照しておらず、(5c13) のような事情は知らなかったと思われます。

船曳氏の指摘の続きを検討します。

(5d) は、事実の提示です。

(5e) は、(5c) や (5d) を根拠としたような議論の流れで主張されています。(ただし議論の流れは明確ではありません。twitter という場の制約もあるので、船曳氏が意図的に不明確な論証をしたとまでは思いません。)

しかし、(5c) や (5d) から (5e) を論理的に導くことはできません。
CFR がさほど変わらなくても、発症者死亡率が大きく異なる可能性はあります。
船曳氏もそのことを承知しているからこそ、(5e) で「・・・の根拠はない」としないで「・・・の根拠は薄い」と表現したのかも知れません。

一方で7段階説は、(2)でも述べたように「全体像が見通せ、かつ数値化できるモデルを作ろう」という主旨で作られたものであり、確たる根拠はない中で高橋氏らが推定した数値も使っています。
もちろん、だからと言ってどんな数値を使っても良いわけではなく、ここで論じられている発症者死亡率についても、7段階説の想定が真実から離れている可能性もあります。

しかし逆に、ここでの船曳氏の指摘が7段階説の論旨を揺るがすものかというと、そうとまでは言えません。
もちろん、CFR と発症者死亡率の関係などについての新しい知見が出てくれば、それは別の話です。

正直に言うと、私は船曳氏の一連の反論 tweet を読んだ時には、この論点に関しては船曳氏の方に分があると思いました。
「50 は大きすぎる」と考え、この論点で7段階説に無理があり、修正せざるを得ないと考えたのです。
ところが本エントリを書きながら「どのように修正せざるを得ないのか」を考えているうちに、「修正を要すると断言はできない」と考えを変えました。
ネットでの論調を見ると気になるので指摘しきますが、「修正を要すると断言はできない」というのは「修正を要さないと断言する」とは違います。

なお、参考までに書きますが、おそらくこの「50人に1人」のような数字が出てくる背景には、これまでいくつか発表されている抗体検査の結果があると思われます。
背景となる事情は、極めて大雑把に以下のようだと予想します。本項目(5)の以下の記述については特に自信なし。

  • 抗体検査で調べると「PCR陽性になった人よりはるかに多くの人が、新型コロナウイルスに感染していた」という形跡がある。(ただし抗体陽性率は、報告によって大きく異なる。)
  • 「感染して抗体検査で陽性になったのに、かなり多数の人がPCR陽性との診断を受けていない」ことになる。
  • 感染して抗体検査で陽性になった人の集団と、発症した人の集団とはほとんど重なると考えられる。(実際、7段階説では、この2つの集団は一致すると考えていると思われる。別エントリの(2)。)
  • したがって「発症した人のうち、かなり多数の人がPCR陽性との診断を受けていない」ことになる。
  • つまり逆に言うと「PCR検査で陽性として検出されたのは、発症患者の極めて一部だけだ」ということになる。

おそらく「提言」 を把握すれば、このような内容をもう少し適切に書けるのではないかと思われますが、そこまで至りませんでした。

(6)「全国で3800人以上死ぬことはなさそう」に関する件(船曳論点4)

7段階説は「どんなに広がっても」「全国で3800人以上死ぬことはなさそう」としていて、船曳氏は ここここ で異を唱えています。

本エントリでは、この論点を細かく検討する意義を見いだせません。別エントリの (3b) に書いた「70歳以上の「暴露者死亡率」が誤っていると思われる件」という問題があり、この問題を修正すると「3800」という数も変わる蓋然性があるからです。(もちろん変わらない可能性もあります。)
この「3800」という数字は、7段階説の政策提言としての柱の1つと考えられるので、詳しい検討を行えなかったことは不本意です。

ただし船曳氏の「期限を定めていないのは不可思議」との指摘については、7段階説で「どんなに広がっても」としているのだから「特に期限を定めない、死者の総数についての推測」と考えるのが妥当と思われます。

「期限を定めない死者数予測が、医学的に、あるいは政策提言として意味があるのか」との指摘もあるでしょうが、死者数予測が小さいのであれば、どの期間の予測であっても構わないと考える余地はあります。
「3800」という数字ならば、この病気の死者数予測としては、小さいとしていいでしょう。

(7)メディアの報道姿勢に関する件(船曳論点5)

船曳氏は、一連の tweet最後 で、以下のようにメディアの姿勢を問うています。

市民行動のちょっとした差が、大きな影響を及ぼすことになりかねない新型コロナウイルスに関して、根拠の乏しい仮説を発表することの問題について、メディアの方々はよくよく考えていただきたいと思う。



7段階説が広く知られるきっかけになったと思われる 東洋経済記事 のタイトルは

新型コロナ、日本で重症化率・死亡率が低いワケ

副題が

高橋泰教授が「感染7段階モデル」で見える化

です。船曳氏もこの記事に対する応答として反論を書きました。

ネット記事タイトルをよく見ている人なら気がつくと思いますが、このタイトル「・・・(の)ワケ」というのは、少し前からよく見るようになったスタイルです。
「・・・の理由」などの書き方もあります。
つい、開きたくなるタイトルです。

もちろん「開かせるのが、記事タイトルを付ける側の腕の見せ所」なのは、わかっています。
そこはわかった上での話を以下に書きます。

船曳氏の危惧を再確認します。
「市民行動のちょっとした差が、大きな影響を及ぼすことになりかねない」
私は現時点では、この認識を否定し、
「市民行動がちょっと変わっても、大きな影響を及ぼすことにはならない」
と断言はできないと考えます。

個人の考えについて言っているのではありません。
ある程度の公共性を持つメディアの仕事をしている方々の、職務上の考え方として、船曳氏の危惧は確実に共有するべきではないか、と言っているのです。
船曳氏の意図も大きく違わないと思います。(煩雑なので申し訳ないが以下は私の考えとして書きます。)

もし「市民行動がちょっと変わっても、大きな影響を及ぼすことにはならない」というのが東洋経済のメディアとしての信念ならば、この信念と食い違う多くのメディアの論調を厳しく攻撃すべきです。
そこまでの信念を持たないのであれば、迷ったときは慎重にすべきなのではないでしょうか。
そして今回は迷うべき場面ではないのでしょうか。

今回の記事のタイトルや副題のように

・・・(の)ワケ
・・・で見える化

と書かれたら、一般読者からは、その記事に何らかの定理、確度の高い命題が記述されているように見えます。
何らかの定理が既にあってそれを「見える化」した記事だ、との印象を与えます。
タイトルを付ける側、記事を書く側は、それを狙っていないでしょうか。

もし、その狙いがあるのだとしたら、船曳氏の危惧を共有してはいないのでしょう。
その狙いがないのなら、こうしたタイトルを付けるべきとは思いません。

高橋氏らの意図の一部に「見える化」があるのは自明です。
しかしこの単語をこのような形でタイトルや副題に使うべきでしょうか。

例えば、少なくともタイトル、副題は

新型コロナ、日本で重症化率・死亡率が低いワケに新仮説
高橋泰教授が新仮説「感染7段階モデル」で見える化

とし、さらに本文の冒頭に、

  • これは新しい仮説である。
  • これから検証がなされるのである。
  • 否定される可能性もある。

という旨を明確に端的に書き、重複を厭わずに末尾にも書いて、それぐらいで丁度いいのではないでしょうか。
これら注意点を、例えば高橋氏の発言の中に「織り込む」のは不適切です。
これが現時点でのこうした記事に要請される社会的責任ではないでしょうか。

「それでは記事にならない」というのであれば、それは私の認識とは違います。
記事に意図しない効果があれば、いずれ巡り巡って、そのメディアにも影響を与えるでしょう。
そこに思いが至らないのであれば、残念としか言いようがありません。

(8)謝辞など

高橋氏、武藤氏、加藤氏は、7段階説を提示してくれました。敬意を表します。

東洋経済は、7段階説を示してくれました。記事がなければ私は7段階説に気づきませんでした。
先の論点はあるが、感謝しています。

船曳氏には、忙しいなかで7段階説への反論を提示してくれたことに敬意を表します。

(船曳論点4)を詳しく検討しなかったこともあり、本エントリは船曳氏の反論にあまり賛成していない内容になってしまいました。

船曳氏の反論に反駁しているからと言って、私に7段階説を全面的に擁護する意図はありません。別エントリ で誤りと思われる点を指摘していることからもご理解いただけると思います。

また新型コロナに関するメディアの姿勢には私も違和感を持っています。
別エントリ接触確率の件を検討したのも、メディアの対応に疑問を持ったからでした。ただしこの件に関しては、メディアだけでなく専門家会議方面の問題でもあると考えています。

文中、敬称を略したところもあります。お許しいただきたい。



  1. 修正履歴 2020-08-11: 目次を追加、link を修正。

  2. 修正履歴 2020-08-31: 参照資料のページ表記に、pdf のページ番号を追加しました。

  3. 修正履歴 2020-12-13: 「である」調を「ですます」調に変えました。細かな文言も修正。