いろいろなことを考察する

基本再生産数 R0 が小さくなると集団免疫閾値が小さくなるのはなぜか(集団免疫閾値の公式の導出)


私がネット上でしていることの まとめ は、こちらに。
https://sarkov28.hatenablog.com/entry/2022/03/29/160915



西浦氏の「42万死亡推計」などの SIR 系のモデルでは、

(a) 小さな基本再生産数  R_0 では、集団免疫閾値が小さな値になります。

本エントリでは、なぜそうなるのかを四則演算だけを使って説明します。
(私が独自に見出した説明をするのではなく、他で示されている説明を繰り返すだけです。詳細は(4)に。)

用語を確認しておきます。

集団免疫閾値とは、「(集団内に免疫保持者が増え、)その時点での感染者数がそれ以上増えなくなった時の、免疫保持者の割合」です。(「累積感染者数がそれ以上増えなくなった時」ではありません。)

基本再生産数  R_0 とは、「感染拡大開始時(=全ての国民が免疫を保持していない時)に、一人の感染者が感染させる人数の平均値」です。

説明の前提などは後ろの方に書いてあります。


目次


(1)集団免疫閾値とは「どの辺」でのことなのか

集団免疫閾値に到達するのは、感染の波における「どの辺」でのことなのでしょうか。
波の終盤で集団免疫閾値に到達するのではありません。
中盤で到達します。

その「終盤」「中盤」という感じを見て頂くために、グラフを示します。

集団免疫閾値というのは、「(集団内に免疫保持者が増え、)その時点での感染者数がそれ以上増えなくなった時」なので、感染者数のピークで到達します。
「終盤」ではなく、割と「中盤」です。

fig.1 「何もしなければ」での集団免疫閾値到達は、波の「中盤」です。

このグラフ付近には、集団免疫閾値に関連する事項が他にもありますので、もう少し説明します。

上の fig.1 は、感染者数だけのグラフでした。これに感受性者数などを加えます。

感受性者とは、「免疫を持っていなくて、感染していない人」です。

ここでは、流行開始時点では、(ほぼ)全人口が感受性者だと考えます。
感染した人は感受性者ではありません。
感染して回復した人は感受性者ではありません。免疫があると考えるので。

fig.1 に感受性者などを加えたのが、fig.2 です。fig.1 での感染者数の赤曲線は、同じ色の「小さな波」で描かれています。
「こんなに小さい波なのか」と思われるかも知れませんが、この赤曲線は「最大の時点では、全人口の2割(0.2)以上が感染者となる」と主張しているのですから、この波は小さくありません。

fig.2 「新規感染者数=新規回復者数」の時が、集団免疫閾値への到達です。

この fig.2 で重要な部分は下の方にあるので、そこを拡大して fig.3 とします。

fig.3 「新規感染者数=新規回復者数」の時が、集団免疫閾値への到達です。

このグラフでは、〇で強調した箇所が縦に3つ並んでいます。
これは、 R_0=2.5 の場合に、

  • (1) 新規感染者数と、新規回復者数が等しくなる時、
  • (2) 感染者数がピークになる時、
  • (3) 感受性者割合が 0.4 になる時(免疫保持者割合が 0.6 になる時)、

が一致していることを示しています。
fig.3 の (3) で示した「縦の黒点線と青曲線との交点」は、「集団免疫閾値が 0.6、つまり 60% であること」を示しています。
西浦氏も 2020-04-07 の twitter 動画 で、「 R_0=2.5 での集団免疫閾値は60%」という旨を説明しています。
「[tex: R_0=2.5] での集団免疫閾値は60%」との西浦氏による説明

次の(2)で、西浦氏が書いている公式「  集団免疫閾値=1-1/R_0」を導出します。

(2)四則演算だけを使った、集団免疫閾値の公式の導出

「基本再生産数と、集団免疫閾値の関係」つまり「 集団免疫閾値=1-1/R_0」の公式を、四則演算だけを使って導出します。

(2-1)実効再生産数と基本再生産数に関する式の説明

まず前段階として、実効再生産数と基本再生産数に関する式を説明します。

基本再生産数は、

基本再生産数  R_0 とは、「感染拡大開始時(=全ての国民が免疫を保持していない時)に、一人の感染者が感染させる人数の平均値」

でした。類似した用語に、実効再生産数があります。

実効再生産数  R_t とは、「一人の感染者が感染させる人数の平均値」

です。

基本再生産数と、実効再生産数の定義から、以下が言えます。

(a) 流行開始時点の、(ほぼ)全人口が感受性者の時の実効再生産数  R_t は、基本再生産数  R_0 に一致します。

また、感染は、感染者と感受性者の接触で起きるので、感受性者が減れば、感染は減ります。
実効再生産数が感染者一人当たりの数値であることを考えると、以下が言えます。

(b) 感受性者が(流行開始時点の大きさから)1% 減ると、実効再生産数  R_t は(流行開始時点の大きさから)1% 減ります。

この(a)(b)を満たす実効再生産数  R_t は、以下の式になります。

(c)  R_t = (1-ε)R_0、( ε は、人口中の免疫保持者の割合)

(c)が(a)(b)を満たすことを確認します。

まず、(c)が(a)を満たすこと。

流行開始時点では、ほぼ全人口  N が感受性だと考えるので、免疫保持者はいません。したがって免疫保持者の割合  ε は、 ε=0 になります。
すると、(c) は、 R_t = (1-0)×R_0=R_0 となり、 R_0 に一致します。
つまり、(c)は(a)を満たしています。

次に、(c)が(b)を満たすこと。

(c)  R_t = (1-ε)R_0 の中の  (1-ε) というのは、「免疫保持者ではない人の割合」なので、「感受性者の割合」です。
「感受性者が 1% 減る」というのは、 (1-ε) 0.01 減るということです。
この場合、(c) の  R_t は 1% 減ります。
つまり、(c)は(b)を満たしています。

以上により、

(c)  R_t = (1-ε)R_0、( ε は、人口中の免疫保持者の割合)

が、(a)(b) を満たしていることが分かりました。
(この式は、私独自のものなどではありません。(4)をご参照下さい。)

(2-2)集団免疫閾値の公式の導出

基本再生産数と集団免疫閾値に関する公式を導出します。

(2-1)での検討の結果、

(c)  R_t = (1-ε)R_0、( ε は、人口中の免疫保持者の割合)

であることが分かっています。

集団免疫閾値というのは、「その時点での感染者数がそれ以上増えなくなった時」の「免疫保持者の割合」でした。
「その時点での感染者数がそれ以上増えなくなった時」の実効再生産数は 1 です。つまり  R_t=1 です。
つまり (c) から、
 R_t = (1-ε)R_0 = 1
の時に、免疫保持者の割合がどうなっているかを考えればいいのです。

 (1-ε)R_0 = 1 を変形していくと、
 1-ε = 1/R_0
 ε = 1-1/R_0
となります。
これは、「その時点での感染者数がそれ以上増えなくなった時」の「免疫保持者の割合」を示しています。

つまり、これが求めたかった公式、

 \displaystyle 集団免疫閾値=1-\frac{1}{R_0}

です。

西浦氏がホワイトボードに書いていた式はこれです。(西浦氏は、免疫保持者の割合として  ε ではなく  p を、実効再生産数として  R_t ではなく  R_e を使っています。)

「[tex: R_0=2.5] での集団免疫閾値は60%」との西浦氏による説明
2020-04-07 twitter 動画 から。)

(3)小さな基本再生産数  R_0 では、集団免疫閾値が小さな値になること

小さな基本再生産数  R_0 では、集団免疫閾値が小さな値になることを示します。

(2)での検討により、公式

 \displaystyle 集団免疫閾値=1-\frac{1}{R_0}

が分かっています。
幾つかの  R_0 における集団免疫閾値を計算してみましょう。

 R_0 集団免疫閾値
=1-1/R_0
1.4 0.286
1.5 0.333
1.7 0.412
2.0 0.500
2.5 0.600
3.0 0.667
3.5 0.714
4.0 0.750

table.1 幾つかの  R_0 における、集団免疫閾値

公式「  集団免疫閾値=1-1/R_0」と table.1 は、「小さな基本再生産数  R_0 では、集団免疫閾値が小さな値になる」ことを示しています。
本エントリで説明しようしていたのはこのことです。

(4)稲葉寿氏による、(2)(3)と同じ説明

上の(2)(3)は、稲葉寿氏と同じ説明をしているだけですので、貼っておきます。
稲葉寿氏による(2)(3)と同じ説明。2020-12-18「感染症数理モデルとCOVID-19」から
2020-12-18「感染症数理モデルとCOVID-19」(https://www.covid19-jma-medical-expert-meeting.jp/topic/3925)から。

(90)詳細な事項

他の値でも良かったのですが、グラフの計算は、

  • 基本再生産数  R_0 R_0=2.5
  • 人口は、約  1.27 億人、

と、「42万死亡推計」と同じものを使いました。また、

  • 「何もしなければ」での感染の波を考えています。
  • 計算に使用したモデルは「シンプルな SIR モデル」です。
    異質性のない個体を想定しています。
    西浦氏が「42万死亡推計」に使用した「3世代型 SIR モデル」ではありません。

「シンプルな SIR モデル」は、SIR モデルが説明される時にしばしば最初に示される、最もシンプルな、良く知られたモデルであり、特殊なものではありません。上に挙げた稲葉氏の論文にも例示されています(https://www.covid19-jma-medical-expert-meeting.jp/topic/3925 の p.06、式(1))。

これらモデルについては、

に少し説明を書きました。

また、単に免疫と書いていますが、これは感染予防免疫を指しています。
現実の感染予防免疫は時間が経つにつれて減じることがありますが、本エントリでは議論を単純にするため、時間が経過しても効果が減じることは考えていません。

 ε を「人口中の免疫保持者の割合」としていますが、文脈を見て頂ければ明らかなように、これは回復者だけでなく感染者を含んでいます。

修正履歴

  • 2023-05-27
    公開
  • 2024-03-23
    table.1 の縦と横を入れ替えました。
     R_0 = 1.4 の値を追加しました。2020-03-02 の専門家会議の資料で挙がっていた値だからです。
    table.1 の集団免疫閾値の項目の有効数字を、2桁から3桁にしました。