いろいろなことを考察する

西浦氏の Scientific Reports 論文について(12)「Figure 1 の一致」の重要性と問題点


西浦氏が 2025-08 に示した「接触8割減」の数理モデルが、既存の理論疫学と整合しない件はこちらに。
https://x.com/sarkov28/status/1988558334849609903
https://x.com/sarkov28/status/1989284028713963820

西浦氏の Scientific Reports 論文について(7)「ワクチンで感染者が9割減」は誤り はこちらに。
https://sarkov28.hatenablog.com/entry/2024/12/17/184600

私がネット上でしていることの まとめ は、こちらに。
https://sarkov28.hatenablog.com/entry/2022/03/29/160915



目次


(1)序論

京都大学大学院の西浦教授らのグループは、2023-10 に Scientific Reports にコロナのワクチンに関する論文 [Kayano 2023] を発表しました。
後に「コロナワクチンで死者9割以上減 京都大チームが推計」と共同が報じた論文です。(以下では [Kayano 2023] を Sci Rep 2023 論文、と書きます。)
Evaluating the COVID-19 vaccination program in Japan, 2021 using the counterfactual reproduction number

図1.1 Sci Rep 2023 論文の Figure 1
図1.1 Sci Rep 2023 論文の Figure 1

この論文に関しては、上に示した Figure 1 が示す2つの値の一致が注目されました。オレンジ点の観測値(論文の observed)と緑線の予測値の一致です [注1a]。この予測値は、論文の反実仮想シナリオ計算の計算手順による予測値だと考えられていました。つまり

「Figure 1 のオレンジ点と緑線の一致は、「観測値」と「論文の反実仮想シナリオ計算による予測値」との一致を示している」
(以下ではこれを単に「Figure 1 の一致」と書きます。)

という認識です。Figure 1 の一致 は、単に注目されただけでなく、論文でも示唆されていました。そして、この論文の計算の正しさの主要な根拠として機能していたのは、Figure 1 の一致 でした。

本稿はこれらの点を幾つかの角度から確認した上で、この点が論文の開示プログラムと整合していない点の概要を示します。

まず(2)節 では、Figure 1 の一致 が注目された背景を述べます。(3)節 では論文における Figure 1 の一致 に関する記述を示します。(4)節 では論文に関する当時のネットで示された議論の中で、Figure 1 の一致 がどのように論じられていたかを振り返ります。(5)節では Figure 1 の一致 に関して後日に明確になった、論文の開示プログラムとの不整合について述べます。(6)節ではまとめを述べます。

[注1a] 論文中の observed(本稿では「観測値」と表記)は、(報告日や発症日の)観測値を感染日基準へ換算して得た観測由来値を指しています。

(2)Figure 1 の一致が注目された背景

Sci Rep 2023-10 論文 は、「もしワクチンなしだったら累積感染者数はどうなっていたか」の計算を行ったと主張しています [注2a][注2b]。

論文の「ワクチンなし」での累積感染者数は、反実仮想シナリオ計算という手法で計算されました。式(2)、式(3) の数理モデルによる計算です。一般論として、ある論文が示した数理モデルが適切とは限りません。したがって論文は、数理モデルの適切さを主張する必要があります。

Sci Rep 2023-10 論文には、「反実仮想シナリオの数理モデルは、現実の観測感染者数をよく再現できている」と示唆する記述が幾つかあり、そこには Figure 1 への言及もあります。また Figure 1 のキャプションには「予測感染者数と観測感染者数の比較」との記述があり、2つのグラフはよく一致しているように見えます。

Figure 1 の一致 は成立しているのでしょうか。もしそうなら、「この数理モデルには、観測感染者数を再現できる程度の適切さがある」と言えるでしょう。これは少なくとも一定の条件下で論文の数理モデルが適切であることを意味しています。

この論文の反実仮想シナリオの数理モデルの 式(3) は、

  • 「観測感染者数を再現すること」とは関係なく集められた(「ワクチンの感染予防効果」などの)「部品」
  • 「観測感染者数を再現すること」を基準として推定された、「部品」をつなぎ合わせる5つのパラメータ

から構成されています [注2c]。これは、5つのパラメータを介して「部品」を「掛算」して組み合わされた「比較的シンプルな構造に過ぎない」とも言えます。もしも5つのパラメータを推定したことによって、研究期間(287日)全体に渡って予測した新規感染者数と観測した値とが Figure 1 のようにほぼ一致したなら、それは「5つのパラメータを推定したシンプルな構造の数理モデルにおいて、287日分の新規感染者数と観測した値とがほぼ一致した」という状況を意味します [注2d]。

また論文には、Figure 1 以外の関連図(Figure S8、Figure S9)や推定手続の記述もありますが、少なくとも反実仮想計算の妥当性を独立に裏づける根拠としては、Figure 1 の一致が最も強く参照され得る位置づけです [注2e][注2f]。

これが、Figure 1 の一致 が注目されていた背景です。

[注2a] 論文は死者数も計算していますが、死者数は累積感染者数に感染者死亡率 IFR を乗じて計算されるので、まず重要なのは累積感染者数です。
[注2b] 論文は「もしワクチンなしだったら累積感染者数はどうなっていたか」の計算を行ったと主張しています。しかしこの主張が成立しているかには、2つの論点から疑義があります。1つ目は、論文が実際に計算したのが現実的な社会における「ワクチンなし」での累積感染者数(など)ではなく、非現実的な想定下における「ワクチンなし」での累積感染者数(など)だったことです。この点については 別稿 で述べています。2つ目は、本稿が論証するように、この論文の Figure 1 の一致 には問題があるので、この論文の数理モデルに重大な疑義があることです。
[注2c] 一般論で言えば、数理モデルを構成する「部品」は、実は「観測感染者数を再現すること」に都合が良いものが選ばれている可能性があります。またそもそも「どの部品を使うのか」「どの部品を使わないのか」が、「観測感染者数を再現すること」に都合よく選択されている可能性もあります。しかしとりあえずは、これらの可能性を考慮せずに検討します。
[注2d] 論文の研究期間は 2021-02-17~2021-11-30 なので、287日あります。
[注2e] 論文にある反実仮想シナリオ計算の妥当性を裏付け得る根拠の他の例として、「Figure S9 での一致」、「Figure S8 での一致」、「式(3) のパラメータ決定方法」、「Figure 1 などでの bootstrap」の4つを検討します。[注2e] では前半の2つについて検討し、後半の2つは [注2f] で検討します。Figure S9 は、Figure 1 と同じ論理構成を別の reporting coverage で示したものと思われます。であれば「Figure S9 での一致」Figure 1 の一致 と独立な根拠というより、同型の確認に近いものになります。Figure S8 も Figure 1 と同じ論理構成を年齢群別に示したものと考えられます。その場合「Figure S8での一致」も独立な根拠というより、Figure 1 を年齢群別に分解して示したものと解釈するのが自然です。なお、Figure S8 では一致が崩れて見える部分もあります。したがって、「Figure S9 での一致」と「Figure S8 での一致」は、反実仮想計算の妥当性を Figure 1 の一致 以上に独立に支える根拠とは言い難いです。
[注2f] [注2e] で検討しなかった2つの事項について検討します。「式(3) のパラメータ決定方法」は、恣意的な決定ではなく、式(8) による推定であるという点では、パラメータの適切さの必要条件を満たしていると言えます。しかしこれは十分条件ではありません。仮にパラメータが最適に決定されていても、式(3) の構成に問題があればそれを(パラメータの値で)補うことは一般にできないため、論文がパラメータの値を推定で決定していることが、論文の数理モデルの適切さを強く支えることはありません。また「Figure 1 などでの bootstrap」が独立した根拠になるのは、「Figure 1 などが論文の反実仮想シナリオ計算と同じ計算手順で計算されている場合」に限られます。しかし本稿(5)節で概説するように、Figure 1 の計算手順は、反実仮想シナリオ計算とは異なるものです。したがって、「式(3) のパラメータ決定方法」と「Figure 1 などでの bootstrap」は、反実仮想計算の妥当性を Figure 1 の一致 以上に独立に支える根拠とは言い難いです。

(3)Figure 1 の一致に関する論文の記述

論文 には、Figure 1 の一致 に関係する記述が幾つかあります。本節ではこの主旨の記述をあえて複数示します。なぜなら、これら論文の記述は、後日判明する事情と整合しない、非常に注目すべきものだからです。(「後日判明する事情」については(5)節に概要を示します。)

(3-1) Figure 1 とそのキャプション

(3-1-1) 論文のグラフ配置

論文の本文にあるグラフは Figure 1、Figure 2A、Figure 2B であり、このうち Figure 1 は大きいサイズで示されています。この配置は、Figure 1 が論文の論理構成において重要な役割を果たしていることを示唆します。

この論文の論理構成における重要事項は、「論文がパラメータ推定を経て構成した数理モデルが適切なのか」です。

したがって論文の3つのグラフの配置は、Figure 1 の一致 を示唆しています。

(3-1-2) Figure 1 キャプションの前半

Figure 1 のキャプションの前半には、以下の記述があります。

Figure 1. Comparison between predicted and observed infections with SARS-CoV-2. Orange dots represent the observed daily incidence of infection with SARS-CoV-2 .... Green line denotes the predicted daily incidence, computed by the transmission model, ...

Figure 1。SARS-CoV-2の予測感染者数と観測感染者数の比較。オレンジ点は(略)SARS-CoV-2 の日別の観測感染者数(the observed daily incidence)を示す。緑線は、感染伝播モデルによって計算された日別の予測感染者数(the predicted daily incidence)を示し、(略)

これは緑線を単に「予測感染者数」と述べています。

この論文で単に予測感染者数と記述されていれば、反実仮想シナリオ計算の計算手順による値を指すと想定するのが自然です。論文はこの計算値を繰り返し記述しているからです。よってこの引用部から、「Figure 1 が比較しているのは、観測値と、反実仮想シナリオ計算の予測値だ」と想定するのは自然です。

この引用部は、自然な想定に基づけば、Figure 1 の一致 を示唆しています。

(3-1-3) Figure 1 キャプションの後半

Figure 1 のキャプションの後半には、以下の記述があります。

The observed number of COVID-19 cases is the same as the confirmed cases in this figure (i.e., we assumed that no ascertainment bias existed); in the main study, we examined realistic ranges of ascertainment bias.

COVID-19の観測感染者数は、この図では確定感染者数(confirmed cases)と同じである(すなわち、確認バイアスが存在しないと仮定した); 主たる研究では、確認バイアス(ascertainment bias)の現実的な範囲を検討した。

引用部で「確認バイアスが存在しない」は、報告率(reporting coverage)が 1 であることを指しています。また「確認バイアスの現実的な範囲を検討」は、1 以外の報告率(0.5, 0.25, 0.125)で計算したことを指していますが、ここで重要なのは「主たる研究では」"in the main study" です。これは反実仮想シナリオ計算を指していると考えられます [注3-1-2]。

つまりこの引用部には、「主たる研究(である論文の反実仮想シナリオ計算)では報告率 1 以外を検討したが、Figure 1 は報告率 1 で描画している」という含意があります。このように Figure 1 を反実仮想シナリオ計算と対比して記述しているのですから、ここを読んだ読者が「Figure 1 は反実仮想シナリオ計算と同じ計算である」と考えるのはかなり自然であり、むしろそう考えないのは不自然なほどです。

この引用部は、自然に考えて Figure 1 の一致 を示唆しています。

[注3-1-3a] Figure S9 も 1 以外の報告率に言及していますが、これは「主たる研究」ではありません。

(3-2) Discussion の記述

論文の Discussion には以下の記述があります。

At minimum, our timedependent reproduction number helped capture the transmission dynamics over time and across ages (Fig. 1).

少なくとも、我々の時間とともに変化する再生産数は、時間の経過および年齢群間にわたる伝播ダイナミクスを捉えるのに役立った(Fig. 1)。

この「時間とともに変化する再生産数」というのは、論文式(3) の  R_{ab,t} を指していると思われます。この再生産数は反実仮想シナリオ計算で使われるので、この引用部は「 R_{ab,t} を使った反実仮想シナリオ計算は、感染の伝播ダイナミクスを捉えた」と述べていると想定するのが自然です。

この引用部は、自然な想定に基づけば、Figure 1 の一致 を示唆しています。

(3-3) Results の記述

論文の Results には以下の記述があります。

our transmission model successfully captured the observed data ... (Fig. 1 and Supplementary Fig. S8)

我々の伝播モデルは、観測データを捉えるのに成功した。(略) (Fig. 1 と補足情報 Fig.S8)

"our transmission model"「我々の伝播モデル」は、反実仮想シナリオ計算で使われた数理モデルを指していると想定するのが自然です。したがってこの引用部は「反実仮想シナリオ計算で使われた数理モデルが、観測データを捉えていて、それが Figure 1 や Figure S8 に示されている」と述べていると想定するのが自然になります。

この引用部は、自然な想定に基づけば、Figure 1 の一致 を示唆しています。

(3-4) (3)節 の補足

(3-1)節~(3-3)節 の引用部はいずれも、自然な想定として Figure 1 の一致 を示唆していました。もし論文の真意が自然の想定と異なり、これら引用部が Figure 1 の一致 を示唆しないなら、論文は「それは誤解だ」と分かりやすく記述すべきです。なぜなら、そもそも Figure 1 の一致 が論文の関心事であることは自明である上、これら引用部は少なくとも誤解されやすいからです。

しかしそのような分かりやすい記述は論文にありません。よって論文の読者は、自然な想定に基づいて論文を読み、論文が Figure 1 の一致 を示唆していると考えることになります。

(4)Figure 1 の一致に関するネットでの議論

論文発表(2023-10)当時、この論文の計算が正しくないという意見があり、これに対して論文の計算が正しいという主旨が、(当時の)twitter 上で述べられていました。ここでは、論文の計算の正しさの根拠として、Figure 1 の一致 への言及がありました。

本節では、2つのスレの中の投稿を示します。スレのキャプチャは以下です。(キャプチャから漏れている分岐があるかも知れません。)

(それぞれにおいて、テキストは検索用の参考です。表示回数やハンドル名などの細部は、テキストとキャプチャで一致しません。不一致があればキャプチャを優先して下さい。)

(4-1) 木下喬弘氏(手を洗う救急医Taka氏)によるもの

木下喬弘(x.com/mph_for_doctors)氏は、〈木下喬弘氏のスレ〉の中で疑問を交えながら、Figure 1 の一致 やその関連に繰り返し言及しています。

具体的には、

なお、transmission modelに様々な仮定があるのは事実ですが、実際の流行にフィットすることが示されています。

ワクチンの感染予防効果にしてもKab = samabの部分でrelative susceptibilityの計算に使われているということだと思いますが、これが全くのデタラメだとプロットした時にズレるはずです。

などです。[url] [アーカイブ]

[url] [アーカイブ] での「パラメータ推定したって言ってもパラメータ少なすぎる気はするよなあ。」という一節は、「論文が 式(8) でパラメータ推定したのが5つのパラメータのみであること」「Figure 1 の一致 が5つのパラメータのみによって得られているなら、パラメータの数が少なすぎる気がすること」を示していると思われます。

ここでの木下氏は、Figure 1 の一致 に対して懐疑的ですが、木下氏の結論が Figure 1 の一致 を否定しているとは思えません。木下氏の一連の説明の中で、Figure 1 の一致 は重要な位置にあるからです。逆に言うと、Figure 1 の一致 が成立しなくなると、木下氏の一連の説明は大きな柱を失うので、木下氏が Figure 1 の一致 を否定しているなら、木下氏のスレは自己矛盾的なものになってしまいます。

(4-2) akiraendo氏によるもの

木下氏が [url] [アーカイブ] で質問していた akiraendo(x.com/_akiraendo)氏は、木下氏の質問に応答しています。

akiraendo氏は〈木下喬弘氏のスレ〉の中で、Figure 1 の一致 に疑問を示しながらも、はっきりとした否定は示していません。

Figure 1 の一致 は akiraendo氏にとっても確認を要する事項、つまり質問されてもすぐには分からない事項だったようです。

akiraendo氏は、検討しても確信が得られなかったようであり、Tootsie Roll(x.com/TootsieRoll2581)氏に向けて

その後、Fig 1の緑線ってどうやって作ってるんですか?推定したパラメータ(の点推定値?)をモデルに入れて、i_1を与えて、そこからは…?

などと質問しています。[url] [アーカイブ]

なお akiraendo氏は、別の枝で「Figure 1 の一致」について

パラメータ数が多くモデルの自由度が高い場合にはそうなんですが、データに沿って自在にフィットできるほどモデルに表現力があるようにはどうも見えないんですよね

ただし、Figure 1 の一致 が成立しないのであれば、木下氏のスレの説明論旨が大きく揺らぐことを akiraendo氏は理解できたはずです。しかし akiraendo氏はこの点を分かりやすくは説明していないので、akiraendo氏が Figure 1 の一致 を明確に否定しているとは思えません。

(4-3) Tootsie Roll氏によるもの

Tootsie Roll(x.com/TootsieRoll2581)氏は、この件に詳しそうな akiraendo氏よりも論文に詳しいようです。akiraendo氏が [url] [アーカイブ] で Tootsie Roll氏に質問しているからです。(Tootsie Roll氏は、後に x.com アカウントを削除しました。)

〈木下喬弘氏のスレ〉での Tootsie Roll氏は、木下氏の述べる Figure 1 の一致 を分かりやすく否定はしていませんが、細かくみると木下氏が述べた Figure 1 の一致 を実質的に否定しています。

Fitが良い件に関しては、元論文の式(2)のrenewal processのところですかね。つまり、前日(t-1)までのincidenceの実測値i(t-s)をgeneration timeで畳み込んでRをかけて、tにおけるincidence予測値E[i(t)]を求め、実測値i(t)に対してポアソン回帰する、ってな感じです。

[アカウント削除済] [アーカイブ] この投稿が「木下氏が述べた Figure 1 の一致 を実質的に否定している」のは、ここで「前日(t-1)までのincidenceの実測値i(t-s)をgeneration timeで畳み込んで」と述べているからです。Tootsie Roll氏は、この論文の計算の詳細を知っていたと思われます [注4-3a]。

[注4-3a] 論文の Figure 1 で使われている畳み込み計算が実測値(観測値)を使っているのは、2025-04 に西浦教授が開示情報 [Nishiura 2025] を示して初めて明らかになったことです。((5)節を参照。)一方で木下氏や akiraendo氏は、この計算に(実測値ではなく)予測値を使った想定で書いていると思われます。その想定だからこそ、木下氏は「ここまで当たったら神の領域入ってる」、akiraendo氏は「ここまでデータ再現できてるの正直too good to be trueと言いますか」と、二人は同主旨の意外感を示したと思われます。

(4-5) 枇杷氏によるもの

〈枇杷氏のスレ〉で枇杷氏は、Figure 1 の一致 を比較的明確に述べています。

枇杷氏は、繰り返し Figure 1 の一致 を根拠として論文の正しさを説明しました。逆に言うと、Figure 1 の一致 が成立しないと、枇杷氏の説明は大きな柱を失います。

(4-6) (4)節のまとめ

木下氏と akiraendo氏の投稿は、「もし Figure 1 の一致 があるなら素晴らしすぎる」などを述べています。2人は Figure 1 の一致 への疑問も示していますが、はっきりとした否定ではありません。Tootsie Roll氏は、細かく読むと Figure 1 の一致 への異議を述べていたのですが、分かりにくい記述でした。枇杷氏の投稿は、「Figure 1 の一致 を根拠とした論文の計算の正しさ」をより明確に述べています。

いずれにしてもこれらの投稿は、Figure 1 の一致 に注目したものでした。

(5)Figure 1 の一致について後日明確になったこと

(5-1) Figure 1 は「論文の反実仮想シナリオ計算による予測値」ではなかった

この論文で注目されていたのは、Figure 1 の一致 でした。

Figure 1 の一致
「Figure 1 のオレンジ点と緑線の一致は、「観測値」と「論文の反実仮想シナリオ計算による予測値」との一致を示している」

これに対して [Kakeya 2025a] は、開示されていない [Kayano 2023] の File2 の代替データを [Kakeya 2025b] で作成した上で、以下のことを示しました。

Figure 1 の緑線は、「論文の反実仮想シナリオ計算における予測値」ではない。したがって Figure 1 が示しているのは、多くの人が考えていた「観測値」と「論文の反実仮想シナリオ計算による予測値」との一致ではない。


論文には、似て非なる2つの計算があるので整理します。

(a) 観測値を逐次使って予測を更新する(観測値があるときだけ可能)
(b) 予測値だけで前向きに更新する(反実仮想に必要)

(a) は、「ある日付 t の予測値を計算するために、(t-1) までの「観測値」を使う」計算です。
(b) は、「ある日付 t の予測値を計算するために、(t-1) までの「予測値」を使う」計算です。

論文の開示プログラム [Nishiura 2025] が Figure 1 に相当するグラフの計算で行っていたのは、(a) でした。一方で、反実仮想シナリオ計算は、(b) です。
(a) と (b) は異なります。(a) の計算は、反実仮想シナリオ計算では使えません。反実仮想シナリオには観測値がないので、「(t-1) までの「観測値」」が存在しないからです。 ただし (a) は、論文と無関係な計算ではありません。これは「反実仮想シナリオ計算に使うパラメータを推定するときの計算の一部」です。

[Kakeya 2025a] が発表されたのは、論文が発表された 2023-10 からしばらくが経過した 2025-09 です。この件は、論文の開示プログラムを確認したことで、明らかになりました。論文の開示プログラムは、論文発表から一年半以上が経過してから公開された、論文に関する開示情報 [Nishiura 2025] の中でようやく示されたものです。

なおここで、「(a) は論文に関係する計算だから、(a) を使った Figure 1 を示しても不思議ではない」と考えるのは合理的ではありません。確かに (a) のグラフを論文中に示すことは、あり得ることです。しかしそれは、(b) のグラフを示した上での参考としての提示としてのみ成立することです。この論文の論理構成において (b) は非常に重要ですが、(a) は参考程度の意味しか持たないからです。グラフでどちらかを示すならば、示すべきなのは (a) ではなく (b) であり、この論文のように「(b) を示さずに (a) を示す」という説明は、合理的ではありません。

(5-2) Figure 1 を「論文の反実仮想シナリオ計算の予測値」に修正すると一致しない

[Kakeya 2025a] の計算プログラムは、[Nishiura 2025] の「# 4」に相当するところまでです。

[Kakeya 2025a] の入力データとしては、File2 が不足しています。[Nishiura 2025] が File2 を開示していないからです。[Kakeya 2025a] は File2 の代替データを [Kakeya 2025b] で作成しました。このデータを用いてプログラムを動作させて [Kayano 2023] の Figure 1 に相当するグラフを計算したところ、視覚的にかなり一致するグラフが得られました。具体的には、[Kakeya 2025a] の Figure 1 左と、[Kayano 2023] の Figure 1 は視覚的にかなり一致しています。この一致は、入力データの同一性を保証するものではありませんが、代替データが少なくとも「図の外観」の再現には十分であることを示唆しています。

[Kayano 2023] の問題点は、(5-1)節 の (a) と (b) の問題でした。[Kakeya 2025a] は、開示プログラムの (a) を (b) に修正し、Figure 1 を再計算しました。その結果、予測値が大きく異なること(予測値はかなり大きくなること)を見出しました。具体的には、[Kakeya 2025a] の Figure 3 左と、[Kayano 2023] の Figure 1 は視覚的に大きく異なっています。

この予測値の変化は、反実仮想シナリオ計算でも生じている可能性があります。この指摘は、反実仮想シナリオ計算の計算結果への疑義になっています。ただし [Kakeya 2025a] は、変化の比率を「ほぼ4倍 almost quadruples」と述べていますが、File2 の代替データとして異なるものを用いた手元の計算では、この点において相違しています。

(6)まとめ

本稿では、以下を述べました。

  • Figure 1 の一致 が「反実仮想シナリオ計算の数理モデルが、観測感染者数を再現できていること」を示しているなら、「この数理モデルには、観測感染者数を再現できる程度の適切さがある」と言えた。(本稿(2)節)
  • Figure 1 の一致 は、論文の複数の箇所で示唆されていた。(本稿(3)節)
  • ネット上でも、Figure 1 の一致 が注目を集めていた。その中には「反実仮想シナリオ計算の数理モデルが、観測感染者数を再現できていること」を主張した投稿もあった。(本稿(4)節)
  • しかし Figure 1 の一致 は「反実仮想シナリオ計算の数理モデルが、観測感染者数を再現できていること」を示したものではなかった。(本稿(5)節)

(7)補足

(7-1) File2 の代替データについて

[Nishiura 2025] は、File2 を開示していません。[Kakeya 2025a] は File2 の代替データを [Kakeya 2025b] で示し、これを用いて計算しました。

別の考え方による File2 の代替データを作成し、[sarkov28 2026a] に示しました。現時点では、[sarkov28 2026a] の代替データのうち、v5 を使うのが最もよいだろうと考えています。

(7-2) 西浦教授のプログラムを高速化したプログラムについて

[Kakeya 2025b] が示した代替データや、[sarkov28 2026a] に示した代替データを用いて、[Nishiura 2025] の開示プログラムと同様の計算を行う python スクリプトを作成し、[sarkov28 2026b] に示しました [注7-2a]。

[Nishiura 2025] を google colab でそのまま実行すると、計算終了までに1時間以上を要します。このプログラムには、loop の中で繰り返す必要のない計算を行うなど、高速化の余地がありました。[sarkov28 2026b] は、[Nishiura 2025] に高速化などの修正を加えたものです。その結果、[Nishiura 2025] と同様の計算を、初回は20分程度で、2回目以降は1分程度で実行します。(計算時間は 2026-02-22 に確認。)

[注7-2a] より正確には、python から rpy2 を用いて R 言語を呼び出すプログラムです。

参考文献

修正履歴

  • 2026-02-22
    公開。
    [この時点のアーカイブ] [別のアーカイブ]
  • 2026-03-08
    • (5-2)節 の記述を一部修正しました。これは論旨の一部を変更する修正です。修正前は [Kakeya 2025] の計算の「ほぼ4倍」という結果を大筋で肯定していましたが、その後の検討によりこの点に肯定できなくなったので「この点において相違しています。」などと記述を変えました。
    • (3-1)節 を (3-1-2)節に移動しました。
    • (3-1-1)節、(3-1-3)節 を追加しました。

    [この時点のアーカイブ] [別のアーカイブ]

  • 2026-08-08
    • [注2b]~[注2e] をそれぞれ [注2c]~[注2f] に改めました。[注2b] を追加しました。
    • (2)節の冒頭で「Sci Rep 2023-10 論文 の特徴は、「もしワクチンなしだったら累積感染者数はどうなっていたか」の計算を行ったことです」と述べていましたが、これを「Sci Rep 2023-10 論文 は、「もしワクチンなしだったら累積感染者数はどうなっていたか」の計算を行ったと主張しています」に改めました。私は、実際にはこの計算は行えていないと考えていたので、修正前は不正確な表現でした。「行えていない」の理由は [注2b] に書きました。