いろいろなことを考察する

西浦氏が示す「42万死亡推計」のパラメータの不自然さ


私がネット上でしていることの まとめ は、こちらに。
https://sarkov28.hatenablog.com/entry/2022/03/29/160915



本エントリは、西浦氏が示す「42万死亡推計」に関するパラメータの値に不自然な点があることを示します。私は、西浦氏が示す「42万死亡推計」のパラメータに2%ほどの誤りがある(https://sarkov28.hatenablog.com/entry/2024/03/16/092400)と指摘し、正しいと考えるパラメータを示していますが、私が正しいと考えるパラメータには、本エントリが指摘する不自然さはありません。本エントリは、「2%ほどの誤りがある」との私の指摘が正しいことの傍証になっています。


(1)序論

西浦氏は、2020-04-15 の非公開の会合で、専門家個人として「42万死亡推計」を発表しました。
私は「42万死亡推計」に関して幾つかの問題を指摘していて、それはこちら(https://sarkov28.hatenablog.com/entry/2022/03/29/160915)の (2-1) にまとめてあります。

本エントリが扱うのは、「西浦氏が示しているパラメータに不自然な点がある」という件です。

(2)では、本エントリが扱う資料や数値を示します。(3)では、西浦氏が示している計算に隠れている不自然な値のパラメータについて説明します。(4)では結論を述べます。(5)では、不自然な値のパラメータがある理由について考察します。

(2)本エントリで扱う資料や数値など

2020-04-15 に発表された「42万死亡推計」についての説明としては、新聞や雑誌の記事があります。[*2-1] に挙げたのは、その中でも数値を詳しく報じているものです。

また西浦氏は、「42万死亡推計」について、2020-06-02 発売の Newsweek の記事 [*2-2] で説明しました。ここで西浦氏は github 資料 も示しています。

言うまでもないことですが、[*2-1] と [*2-2] で説明されている計算は、同じものであるはずです。

西浦氏は国民を3つの世代に分けて計算しました。3つの世代は、年齢で (0-14), (15-64), (65-) です。西浦氏は github 資料 でこの3世代をそれぞれ、c, a, e と書いています。(それぞれ、child, adult, elder の略だと思われます。)

3つの世代のうち、世代 c の扱いは他とは違います。github 資料 に I_c とあるように「世代 c にも感染者がいる」のですが、[*2-2] によれば「世代 c の重症者数はほぼゼロ、死亡者数はゼロ」というのが西浦氏の考えです。本エントリでは重症者数や死亡者数において世代 c のことを考慮しません。死亡者数を検討する上で支障がないからです。

[*2-1] [*2-2] の資料には以下のような数値があります。死亡者数や重症者数は流行終了までの値です。

名称 出所
(2a) 基本再生産数  R_0 2.5 注 [*2-1]
(2b) 世代 a の重症者数 20万1301人 注 [*2-1]
(2c) 世代 e の重症者数 65万2066人 注 [*2-1]
(2d) 全世代の重症者数 85万3367人 注 [*2-1]
(2e) 世代共通の重症者死亡率 約49% 注 [*2-1]
(2f) 死亡者数 約41.8万人 注 [*2-1]
(2g) 世代 a の感染者死亡率 0.0015 注 [*2-2]
(2h) 世代 e の感染者死亡率 0.0100 注 [*2-2]

[表2-1] [*2-1] [*2-2] の資料の「42万死亡推計」に関する数値

なお、(2g)(2h) は [*2-1] にも記載がありますが、[*2-2] を出所としたのはこちらは計算コード中の記述なので、示されている数値をそのまま計算に使うことが確実な、概数では「ない」値のはずだからです。


[*2-1] 2021-05 発刊の別冊 Newton。2020-04-15 の毎日記事にも同様の記述がある。2020-04-15 毎日「新型コロナ 85万人が重篤に 「対策なしなら」厚労省班試算」念の為のアーカイブはこちら
[*2-2] 紙媒体(2020-06-02 発売の、Newsweek 2020-06-09 号)と 2020-06-11 公開の電子記事 の「「8割おじさん」の数理モデルとその根拠」。どちらも github 資料 を参照している。

(3)西浦氏が示している計算の不自然な値のパラメータ

西浦氏は、「42万死亡推計」において「重症者数が出てくる計算」と「重症者数が出てこない計算」という2つの計算を示しています。この2つは同じ計算であるはずですが、同じ計算だとすると、西浦氏が不自然な値のパラメータを使った事になります。

(3-1) 重症者数が出てくる「42万死亡推計」計算

「42万死亡推計」を発表した非公開の会合において西浦氏は、メディアに

  • 重症者数
  • 重症者死亡率

を説明した、との記述が共著書や他の報道などにあります。

実は42万人という数は、僕の口からは言っていなんです。(略)「じゃあ、85万人重症でその約半分が死亡」ならいいんですかと聞きますと、「それならよい」ということでした。(「理論疫学者・西浦博の挑戦」[*3-1-1] 第3章9)

ここでは「85万人重症」「約半分が死亡」と表記されていますが、実際に説明されたのはもっと詳しい数値であり、[表2-1] の一部の (2b)~(2e) だと思われるので、再掲します。

名称 出所
(2b) 世代 a の重症者数 20万1301人 注 [*2-1]
(2c) 世代 e の重症者数 65万2066人 注 [*2-1]
(2d) 全世代の重症者数 85万3367人 注 [*2-1]
(2e) 世代共通の重症者死亡率 約49% 注 [*2-1]

[表3-1] 「42万死亡推計」を報じた記事による西浦氏の説明内容


[*3-1-1] 西浦博、川端裕人「理論疫学者・西浦博の挑戦」2020-12、中央公論新社

(3-2) 重症者数が出てこない「42万死亡推計」計算

西浦氏が示している github 資料 が示す計算には、重症者数が出てきません。

github 資料には、[表2-1] の一部 (2g)(2h) があるので、再掲します。

名称 出所
(2g) 世代 a の感染者死亡率 0.0015 注 [*2-2]
(2h) 世代 e の感染者死亡率 0.0100 注 [*2-2]

[表3-2] github 資料 の「42万死亡推計」に関する数値

(3-3) 「42万死亡推計」の概要

(3-1)と(3-2)はどちらも「42万死亡推計」ですから、同じ計算でなければいけません。西浦氏は(3-1)で重症者数を計算しています。(3-2)に示された「計算コード」から考えて、西浦氏は

  • (3-3a) github 資料 のSIR方程式を使って、感染者総数(計算期間中に感染したことのある人数)を計算し、
  • (3-3b) 感染者総数に感染者重症化率を掛算して重症者数を計算し、
  • (3-3c) 重症者数に重症者死亡率(約49%)を掛算して死亡者数を計算した、

のだと思われます。重症者数の計算以後は、世代 a, e それぞれで行っています。

(3-4) 世代 a の感染者重症化率は不自然な値になる

西浦氏は感染者重症化率を明示していませんが、上に挙げた公開情報から計算することができます。これが不自然な値になります。まず世代 a について論じます。明確にするために数値は ( ) に入れて表記します。

表2-1 に 世代 a の (感染者死亡率) が示されています。0.0015 です。
表2-1 に(世代共通の)(重症者死亡率) が示されています。約49%です。

この2つを分数の形で書くと以下になります。

 (死亡者数)/(感染者総数) = 0.0015,\ \ \ \ (死亡者数)/(重症者数) = (約49%) ...... (式3-1)

感染者総数というのは「計算期間中に感染したことのある人の数」です。「感染者数」と書くと、「その時点で感染している人」と紛らわしいのでこの表記にします。

(式3-1)から、(感染者重症化率) を計算することができます。

 \displaystyle (死亡者数) = 0.0015 × (感染者総数) = (約49%) × (重症者数) ...... (式3-2)

 (感染者重症化率) = (重症者数)/(感染者総数) = 0.0015/(約49%) ...... (式3-3)

(式3-3)第3項の  (重症者死亡率) = (約49%) を単に  49% として計算すると、世代 a においては

 (感染者重症化率) = 0.00306122 ...... (式3-4)

となります。この (感染者重症化率) は中途半端で不自然な値です。(重症者死亡率) が「49%」ではなく「約49%」であることを考慮し、

 0.485 ≦ (重症者死亡率)\ <\ 0.495 ...... (式3-5)

としても、

 0.00303030\ <\ (感染者重症化率) ≦ 0.00309278 ...... (式3-6)

となるだけで不自然さは解消されません。

なお、ここで有効数字を6桁にしているのは、この値を使って西浦氏が計算したはずの重症者数が有効数字6桁だから([表2-1] の (2b))です。

(3-5) 世代 e の感染者重症化率も不自然な値になる

世代 e に関しても同様の結果になります。

 \displaystyle (死亡者数) = 0.0100 × (感染者総数) = 約49% × (重症者数) ...... (式3-6)

から、途中を省略して、世代 e では

 (感染者重症化率) = 0.0204082 ...... (式3-7)

となり、やはり中途半端で不自然な値です。世代 a と同様に範囲を検討しても、

 0.0202020\ <\ (感染者重症化率) ≦ 0.0206186 ...... (式3-8)

となるだけで不自然なままです。

(4)結論

西浦氏は「42万死亡推計」の計算として2つの説明を示しています。この2つが同じ計算であることから、西浦氏は感染者重症化率として、世代 a で 0.00306122、世代 e で 0.0204082、という不自然な値のパラメータを使った事を導くことができます。

この不自然なパラメータは、西浦氏が示す「42万死亡推計」の説明に誤りがあることを示唆します。次項では私が別エントリで行った検討を元にして、この誤りについて考察します。

(5)考察:世代 a や世代 e の感染者重症化率が不自然な値になる理由

西浦氏は、「42万死亡推計」の計算として、重症者数と死亡者数を示しているのですから、これらを計算するためのパラメータを用意していたと考えるしかありません。

西浦氏による github 資料 と本エントリでの検討によれば、西浦氏が重症者数と死亡者数を計算するために用意したパラメータは以下になります。

名称 出所
(5a) 世代 a の感染者重症化率 0.00306122 本エントリ (式3-4)
(5b) 世代 e の感染者重症化率 0.0204082 本エントリ (式3-7)
(2g) 世代 a の感染者死亡率 0.0015 注 [*2-2]
(2h) 世代 e の感染者死亡率 0.0100 注 [*2-2]

[表5-1] github 資料 による、感染者数から重症者数と死亡者数を計算するためのパラメータ

一方、私の 別エントリ での検討によると、西浦氏が重症者数と死亡者数を計算するのに使ったパラメータは以下です。

名称 出所
(5c) 世代 a の感染者重症化率 0.003 別エントリ
(5d) 世代 e の感染者重症化率 0.02 別エントリ
(2e) 世代共通の重症者死亡率 約49% 注 [*2-1]

[表5-2] 私の 別エントリ での検討による、感染者数から重症者数と死亡者数を計算するためのパラメータ

2つの表を比較すると、西浦氏が用意していたパラメータとして合理的なのは [表5-2] の方です。[表5-1] は合理性を欠いているだけでなく、このパラメータで計算した死亡者数は、「42万」や「41.8万」と2%ほどの相違を生じます。[表5-2] のパラメータで計算した死者数は、「42万」や「41.8万」になります。

本エントリが問題視している不自然さが発生した理由は、西浦氏による github での情報開示が誤っているからだと思われます。

上で示してきたことと実質同等ですが、参考のため、私の検討による感染者重症化率や感染者死亡率を、西浦氏による値と比較しておきます。

名称 西浦氏の
github 資料
による
私の
別エントリでの
検討による
世代 a の感染者重症化率 0.00306122 0.00300000
世代 e の感染者重症化率 0.0204082 0.0200000
世代 a の感染者死亡率 0.0015 0.00147
世代 e の感染者死亡率 0.0100 0.0098

[表5-3] 感染者死亡率の比較(西浦氏によるものと、私の検討によるもの)

左右には、2%ほどの相違があります。この相違が、[github 資料] で死者数を計算すると2%ほどの相違が生じる原因です。
私の検討による感染者死亡率の計算式は、以下です。
 (感染者死亡率)=(感染者重症化率)×(重症者死亡率)=(感染者重症化率)×(49%)

更新履歴

  • 2024-03-18
    公開。本エントリに関係する説明を twitter に書くかも知れません。書いたら冒頭付近にリンクを書いておきます。