いろいろなことを考察する

SIR 系モデルの説明 その2 「3世代型 SIR」

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SIR 系モデルの簡潔な説明、その2、今回は「3世代型 SIR」です。
その1 はこちら

西浦氏が「42万人死亡推計」で使った、「3世代型 SIR」モデルを説明します。。
出典は、西浦氏による Newsweek 2020-06-09 号の記事 に書いてあった github の資料 です。
このモデルの基本は、その1 で説明した「シンプル SIR」モデルです。これを少し改変したものになります。

「シンプル SIR」から「3世代型 SIR」への改変のポイントは

  • 「シンプル SIR」では設けていなかった、年齢による区分を行った。
  • 区分は「0~14歳」「15~64歳」「65歳以上」の3つ。
  • 年齢区分による特徴を表現するため、区分によって接触に関するパラメータを変える。

です。

式を見ると「シンプル SIR」と比べて、ややこしく見えるかも知れませんが、中身は見た目ほど違いません。
特に、式の数が「シンプル SIR」より増えますが、同じパターンの式が3回繰り返されているだけです。

(1)シンプル SIR モデル(再掲)

その1 である程度説明した、「シンプル SIR」の式を再掲します。
「シンプル SIR」では、人口の全員が同じ特性と持っていると仮定していました。

以下で「感受性者」というのは、「感染していなくて、免疫も持っていない者」という意味です。
感染が始まる前は、「全人口=感受性者数」となります。
 S を感受性者数、 I を感染者数、 R を回復者数とします。

 \displaystyle \frac{dS}{dt} = - \beta \ S \ I …… (1)

 \displaystyle \frac{dI}{dt} = \beta \ S \ I - \gamma \ I …… (2)

 \displaystyle \frac{dR}{dt} = \gamma \ I …… (3)

全人口を  N とすると、
 N = S + I + R
となっています。

(2)3世代型 SIR モデル

3世代型 SIR モデルについて、説明していきます。

(2-1)3つの世代への分割

西浦氏は、全人口を3つの世代  c,  a,  e に分けました。
年齢区分が、

  •  c:0歳~14歳
  •  a:15歳~64歳
  •  e:65歳以上

となっていますので、 c,  a,  e は child, adult, elder の頭文字かと思います。

先ほど  S で表していた感受性者数を、3つの世代に分けます。
分けたものを、 S_c S_a S_e とします。
 S_c というのは、「 c S」という意味であり、つまり、「child の 感受性者数」です。
同様に、 S_a は「adult の感受性者数」、 S_e は「elder の感受性者数」です。
3つの世代に分けただけなので、合計すれば全体の量になります。
 S = S_c + S_a + S_e
つまり、(全世代の  S ) = (child の  S ) + (adult の  S ) + (elder の  S )

同じ要領で、 I R も3つに分けます。
 I = I_c + I_a + I_e
つまり、(全世代の  I ) = (child の  I ) + (adult の  I ) + (elder の  I )
 R = R_c + R_a + R_e
つまり、(全世代の  R ) = (child の  R ) + (adult の  R ) + (elder の  R )

(1)のシンプル SIR の時は、(世代を区別しないので、)
 N = S + I + R
つまり、(人口) = (感受性者数) + (感染者数) + (回復者数)
でした。
今回は世代を分けましたので、似たような式が、child、adult、elder で成立します。
child の例を見てみます。
 c の人口を  N_c とすると、上と同様の式、
 N_c = S_c + I_c + R_c
つまり、(child の人口) = (child の感受性者数) + (child の感染者数) + (child の回復者数)
が成立します。(同様の式が、adult、elder に対しても成立します。)

(2-2)c に関する関係式

 c つまり、child に関する関係式を見てきます。

次に、これらの記号を使うと、 c に関する関係式を書くことができます。以下のようになります。
(以下は、西浦氏の資料 そのままではなく、できるだけ「シンプル SIR」の数式に近い形式になるように変形してあります。)

 \displaystyle \frac{dS_c}{dt} = - \beta_c \ S_c \ (\alpha_c \ I) …… (4)

 \displaystyle \frac{dI_c}{dt} = \beta_c \ S_c \ (\alpha_c \ I) - \gamma \ I_c …… (5)

 \displaystyle \frac{dR_c}{dt} = \gamma \ I_c …… (6)

ただし、 \beta_c = \beta / (N_c / N) です。
最後の  \beta_c は、人口  N に合わせてあった定数  \beta c の人口  N_c に合わせるように調整したものです。

(4) (5) (6)は、かなり(1) (2) (3)と似ています。
原則的には、(1) (2) (3)の文字に、小さな  c がくっ付いただけです。
例えば、 S S_c なっています。
 \gamma は世代による使い分けをしないので、そのままです。

原則から外れているのは、式 (1) と (2) の  \beta \ S \ I のところです。 c がくっ付くだけなら  \beta_c \ S_c \ I_c となりそうなのに、 \beta_c \ S_c \ (\alpha_c \ I) になっています。
ここについては、次節で説明します。

(2-3)a と e に関する関係式

同様に  a に関する式、 e に関する式を作成します。

 c の時と同じ要領です。(同じなので書かなくてもいいぐらいなのですが、一応。)
まず、 a に関して。先ほどの  c a に変えただけです。

 \displaystyle \frac{dS_a}{dt} = - \beta_a \ S_a \ (\alpha_a \ I) …… (7)

 \displaystyle \frac{dI_a}{dt} = \beta_a \ S_a \ (\alpha_a \ I) - \gamma \ I_a …… (8)

 \displaystyle \frac{dR_a}{dt} = \gamma \ I_a …… (9)

ただし、 \beta_a = \beta / (N_a / N) です。

次に、 e に関して。(7) (8) (9)の  a e に置き換えるだけですが。

 \displaystyle \frac{dS_e}{dt} = - \beta_e \ S_e \ (\alpha_e \ I) …… (10)

 \displaystyle \frac{dI_e}{dt} = \beta_e \ S_e \ (\alpha_e \ I) - \gamma \ I_e …… (11)

 \displaystyle \frac{dR_e}{dt} = \gamma \ I_e …… (12)

ただし、 \beta_e = \beta / (N_e / N) です。

なお、 \alpha_c \alpha_a \alpha_e については次節で説明しますが、この3つは足すと 1.0 になるようにしてある定数であり、西浦氏が使ったのは以下の値です。

 (\alpha_c,\ \alpha_a,\ \alpha_e) = (0.009,\ 0.630,\ 0.361)

足し算してみると、確かに 1.0 になります。
 \alpha_c + \alpha_a + \alpha_e = 0.009 + 0.630 + 0.361 = 1.0

(3)「3世代型 SIR」に組み込まれている世代ごとの特徴

「3世代型 SIR」に組み込まれている世代ごとの特徴を見ていきます。

(3-1) 「シンプル SIR」から「3世代型 SIR」で変化した部分は、新規感染者数

「シンプル SIR」から「3世代型 SIR」で変化した部分は、何を計算しているのでしょうか。

「3世代型 SIR」は3世代に分けたので、「シンプル SIR」に比べて式の数は3倍になりました。
しかし式の意味の違いは、わずかな部分です。

以下、 c に関する式、(4) (5) (6) に関して説明します。
 a e に関する式、(7)~(12) については、 c と全く同じ話になります。

(4) (5) (6) は、(1) (2) (3) と似ています。
ほとんどの違いは、(1) (2) (3) の文字に、 c がくっ付いたことです。
それ以外の違いといえば、

  • (a1)  \beta \ S \ I に、 c がくっ付いただけならば、
  • (a2)  \beta_c \ S_c \ I_c になるはずなのに、
  • (a3) 実際には  \beta_c \ S_c \ (\alpha_c \ I) になっている。

この違いが、式(4) (5) に起きている「だけ」です。
この点だけ理解できれば、「3世代型 SIR」が理解できることになります。

そもそも、(a1) の  \beta \ S \ I とは何だったでしょうか。
その1(2)(2-5) で説明したように、(a1) の  \beta \ S \ I というのは、「新規に感染した人数」でした。
この点は「3世代型 SIR」でも変わりません。つまり  \beta_c \ S_c \ (\alpha_c \ I) というのは、「新規に感染した  c の人数」を表しています。

(念の為補足しておきますが、(a3)の  \beta_c \ S_c \ (\alpha_c \ I) の代わりに (a2) の  \beta_c \ S_c \ I_c を使った関係式は、「不自然な接触」を計算することになります。つまり、「 c の感染者や  c の感受性者は、他の世代の人と接触しない」という状態です。これは式としては単純ですが、接触の態様としては不自然です。)

(3-2) 変化した部分が表明していること

「シンプル SIR」から「3世代型 SIR」で変化した部分は、何を表明しているのでしょうか。

「新規に感染した  c の人数」は、

これは、どういう変化なのでしょうか。

その1(2)(2-5) の説明と同じように考えると、以下になります。

  • (b1)  c の感受性者における接触数は、「 c の感受性者数  S_c」に比例し、「 (\alpha_c \ I)」にも比例する。
  • (b2) したがって、「新規に感染した  c の人数」は、 S_c ×  (\alpha_c \ I) ×  \beta_c となる。

 \beta_c接触当たりの感染の比率に関係する比例定数です。その1(2)(2-5) \beta の説明をご参照下さい。)

 \alpha_c = 0.009 であることを頭に入れて、この (b2) をよく見てください。
この掛け算は接触を示しているのです。
この式は「このモデルでは接触を以下のように考える」と表明しています。

 c の感受性者  S_c」は、

  • (c1) 「感染者全体  I」と均一に接触するのではなく、
  • (c2) 「 c の感染者  I_c」と均一に接触するのでもなく、
  • (c3) 「感染者全体  I の一部  (\alpha_c \ I)」と均一に接触する。

この接触の考え方が、この「3世代型 SIR」における、世代別の特徴です。

(3-3) alpha について考える

パラメータ  \alpha_c \alpha_a \alpha_e についてもう少し検討します。

(c3)なので、「定数  \alpha_c が大きく(小さく)なる」ことは、
 c が、感染者全体  I のより多くの(少ない)部分と均一に接触する」ことを
意味します。

(3-3-1) alpha が極端な値だったらどういうことになるか

パラメータ  \alpha_c \alpha_a \alpha_e が極端な値だったら、を検討します。

上で、
 \alpha_c + \alpha_a + \alpha_e = 1.0
になるようにしてある、と説明しました。

西浦氏の使った定数の値は、
 (\alpha_c,\ \alpha_a,\ \alpha_e) = (0.009,\ 0.630,\ 0.361)
でした。
仮に、これを極端な値に変えた場合を考えてみましょう。例えば、
 (\alpha_c,\ \alpha_a,\ \alpha_e) = (1.000,\ 0.000,\ 0.000)
としたら、これはどういう接触になるでしょうか。
 \alpha_c だけが  1.000 であり、残りの  \alpha_a \alpha_e はゼロです。
これは、

  • 感染者全体が、 c の感受性者にだけ接触し、
  •  a e の感受性者には接触しない、

と想定したことになります。
この場合、感染者は  c にしか発生しなくなります。

(3-3-2) 西浦氏が使った alpha の値が意味すること

西浦氏が使った  \alpha_c \alpha_a \alpha_e の値について確認します。

西浦氏が実際に使ったのは、
 (\alpha_c,\ \alpha_a,\ \alpha_e) = (0.009,\ 0.630,\ 0.361)
でしたので、西浦氏は、

  • 感染者全体のうち、
  •  0.9% が  c の感受性者に接触し、
  • 63.0% が  a の感受性者に接触し、
  • 36.1% が  e の感受性者に接触する、

と想定したことになります。
 \alpha_c,\ \alpha_a,\ \alpha_e は、「感染者全体が  c a e の感受性者に接触する比率」を決めているのです。

(3-3-3) Newsweek 記事での記述

Newsweek 記事での記述について書いておきます。

ここまで述べてきたような、 \alpha を使った計算の仕組みを、西浦氏は記事で「感受性の異質性を導入した」と説明しています。
(説明箇所は、冒頭に書いた Newswwek 記事、3 ページ目、一番下。)
 (\alpha_c,\ \alpha_a,\ \alpha_e) = (0.009,\ 0.630,\ 0.361)
というパラメータの値は、武漢のデータを使って決めたようです。(西浦氏は、値決定のロジックを明確に書いていません。説明箇所をご参照下さい。)

また、「感染性の異質性は導入しなかった」と述べています。
この理由は「不明なので考慮することができていなかった」からだ、と。

  • (d1) 「感受性の異質性の導入」というのは、
    感染する際の「うつされる側の世代別の特徴の導入」
  • (d2) 「感染性の異質性の導入」というのは、
    感染する際の「うつす側の世代別の特徴の導入」

を意味しています。
(d1) を数式で示したのが、(c3) です。

以上で「3世代型 SIR」の説明とします。



  1. 修正履歴 2021-01-26: (d2) 以降を加筆修正。他にも小修正しました。
  2. 修正履歴 2021-07-11: 文中の「未感染者」の表記を「感受性者」に改めた他、全体を加筆・修正しました。
  3. 修正履歴 2023-02-22: (3)を大きく加筆し、全体を加筆・修正しました。