「接触8割減」の問題をまとめた論考はこちらに。
https://sarkov28.hatenablog.com/entry/2024/05/17/213470
私がネット上でしていることの まとめ は、こちらに。
https://sarkov28.hatenablog.com/entry/2022/03/29/160915
2020年の春、西浦氏は「「接触8割減」が科学的に必要だ」と主張したのですが、西浦氏ら専門家による「なぜ科学的に必要なのか」の説明は不十分なものであり、まとまった分かりやすい説明ではありませんでした。
私が以下に書くのは、西浦氏らによる説明の不十分なところを補った「せめてこうしたものを示すべきだった」という仮想説明です。これを見て頂ければ、専門家らの説明に何が不足していたのかをご理解頂けると思います。
ただし仮想説明は、西浦氏らが「接触8割減」の根拠として示したグラフが(本当は間違っているのですが、)仮に正しいとの設定で書きました。この設定にしないと説明が成立しないからです。
- (1)仮想説明における方針
- (2)西浦氏ら専門家(専門家会議)が示すべきだった仮想説明
- (3)仮想説明における注意すべきポイント
- (4)専門家会議が示している説明(2020-04-22 専門家会議「提言」)
- (5)検討:「接触8割減」に関する説明はなぜ不十分だったのか
- (6)結論
- 更新履歴
(1)仮想説明における方針
仮想説明は以下の方針で書きます。
- 仮想説明は「専門家の立場」で書きます。
- 注は「専門家会議の立場」ではなく「私の立場」で書きます。
- 緊急事態宣言を出した日(2020-04-07)に、専門家会議が政府への提言を示した、との体裁で書きます。
- 「「接触8割減」の科学的な必要性」を、2020-04-22 専門家会議「提言」図2 が正しく示している、と仮に設定しています。(実際にはこのグラフは科学的に間違っているのですが、この設定でないと説明が成立しないからです。「グラフが科学的に間違っている」についての説明は、[sarkov28 2024] [参考文献 1]。)
- できるだけ、2020-04-22 の専門家会議 [参考文献 2] の「提言」の 本文 と グラフ下の説明 に基づいて書きます。
専門家会議の説明にどういう問題があるのかを分かりやすくするためです。 - 資料の間違いと、(間違いとまでは言えないが)訂正すべき箇所とには取り消し線を引きました。
- 資料から変更した部分(修正・加筆した部分)は太字にしました。
- 仮想説明から取り消し線部分を除いたものは こちら に置いてあります。
(2)西浦氏ら専門家(専門家会議)が示すべきだった仮想説明
現在の全国的な状況については、(略)新規感染者数は、日ごとの差はあるものの、1日の新規感染者数は 455 人にのぼっており、 1
2020-04-07 現在、日ごとの差はあるものの、全国での1日の報告新規感染者数は 300 人を超える日もある。
全国の報告新規感染者数は(2020-04-07 時点で)図1 のように推移している。
図1 全国の報告新規感染者数(2020-04-07 時点) 2
これまでの対策では、「3つの密」を徹底して避けることを周知してきた。加えて、緊急事態宣言下においては、ハイリスクの屋内環境に限らず、全ての市民を対象として人と人との接触を削減することを通じて2次感染を劇的に減少させることが必要である。 人と人との接触機会を8割削減する必要があることを、本専門家会議は指摘する 3。 これは西浦教授の数理モデルによる試算に基づいたものである。
使用した数理モデルは国民を3つの年齢区分に分けたSIRモデルである 4。
人と人との接触機会を8割削減するという目標は、単に2次感染を減少させるために必要となるだけでなく、短期間で(例えば、8割という劇的な削減であれば、 緊急事態宣言後 15 日間 16 日間 で)感染日基準の 感染者数が十分な程度減少するためにも必要である。
数理モデルでは、流行開始20日後の報告新規感染者数が約500人に達する。現在の感染状況を考慮して、この時点で接触削減するとの想定で計算した。
接触機会の8割削減が達成されている場合、緊急事態宣言後おおよそ1か月 30 日で確定患者データ 報告新規感染者数 5 の十分な減少が観察可能となる。他方、例えば、65%の接触の削減であるとすると、仮に新規感染者数が減少に転じるとしても、それが十分に新規感染者数を減少させるためには更に時間を要する。なお、8割削減の達成ができた場合には、1 か月後 約30日後には、報告新規感染者数が限定的となり 100 人を下回るので、より効果的なクラスター対策や「3つの密」の回避を中心とした行動変容で感染を制御する方法が一つの選択肢となり得る。不十分な削減では感染者を減少させる期間が更に延びかねないことを十分に理解した上で、できるだけ早期に劇的な接触行動の削減を行うことが求められる。
図2 を計算した数理モデルは図3 である。
図2 の説明:
流行対策開始前までは R0=2.5 で感染者数が増加する。感染日別の新規感染者数は 80%の接触削減により15 日間16 日間 で 1 日 100 人まで減少する(青線)。しかし、接触の削減が 65%であると 1 日 100 人に達するには90 日以上63 日を要する(灰色線)。また、確定患者として報告されるにはおおよそ 2 週間の遅れを要し、80%削減のとき 1 日 100 人に到達するには緊急事態宣言から約 1 か月約 30 日を要する(オレンジ線)。黄色線は 65%削減のときの確定患者数報告新規感染者であり、 1 日 100 人に到達するには緊急事態宣言から 76 日を要する。
(3)仮想説明における注意すべきポイント
(2)に示した仮想説明のポイントは以下です。
- 図3 に数理モデルを示していること。これが最も重要です。
- 私が加筆した部分には、「500人」「100人」と数字が入っています。根拠のグラフの主張を分かりやすく説明するには、これらの数字が必要です。「500人」についてはそもそも元の資料に記述がありません。「100人」はグラフ下に記述がありますが、分かりやすくするために本文にも書く必要があります。
- グラフ下の説明の数値の「
15 日間16 日間」「90 日以上63 日」が間違っています。これらはいずれも、80%削減が、65%削減に比べて効果的に見えるような間違いです。特に「63日」の間違いは間違いの幅が大きいです。 - グラフ下の説明では「約1か月」を「30日」に書き換えました。数値の比較をしているので、他と同様に日数で記述すべきです。
- グラフ下の説明には、「65%削減での 1 日 100 人に到達するまでの日付」である「76日」の記述がなかったので加筆しました。記述がないのはかなりおかしいです。これは、このグラフが示す「対案の効果を表す重要な数値」だからです。
- この「76日」の交点はグラフ 図2 から除外されています。除外されているのはかなりおかしいです。この交点は、このグラフが示すはずの「対案の効果をグラフ上で表すもの」だからです。
- 以上における訂正後の数値の根拠は、私が行った再現計算 [sarkov28 2024] [参考文献 1] です。
(4)専門家会議が示している説明(2020-04-22 専門家会議「提言」)
[専門家会議 2020-04-22] [参考文献 2] の「提言」は、2020-04-29 の首相の国会答弁 6 において、「接触8割減」の根拠として示されたものです。
「接触8割減」の根拠として政府から提示されたのはこのグラフであり、実質的にこの会議の資料(2020-04-22 専門家会議の資料1と「提言」)以外にはありません([sarkov28 2024] の(付録 A))。
以下の (4-1)~(4-3) に示すのは、私が(2)の仮想説明を書く際に基づいた、専門家会議の「提言」の内容です。
(4-1) 2020-04-22 専門家会議「提言」[本文1]
現在の全国的な状況については、(略)新規感染者数は、日ごとの差はあるものの、1日の新規感染者数は 455 人にのぼっており、(略)
(4-2) 2020-04-22 専門家会議「提言」[本文2]
これまでの対策では、「3つの密」を徹底して避けることを周知してきた。加えて、緊急事態宣言下においては、ハイリスクの屋内環境に限らず、全ての市民を対象として人と人との接触を削減することを通じて2次感染を劇的に減少させることが必要である。人と人との接触機会を8割削減するという目標は、単に2次感染を減少させるために必要となるだけでなく、短期間で(例えば、8割という劇的な削減であれば、緊急事態宣言後 15 日間で)感染者数が十分な程度減少するためにも必要である。接触機会の8割削減が達成されている場合、緊急事態宣言後おおよそ1か月で確定患者データの十分な減少が観察可能となる。他方、例えば、65%の接触の削減であるとすると、仮に新規感染者数が減少に転じるとしても、それが十分に新規感染者数を減少させるためには更に時間を要する。なお、8割削減の達成ができた場合には、1 か月後には、感染者数が限定的となり、より効果的なクラスター対策や「3つの密」の回避を中心とした行動変容で感染を制御する方法が一つの選択肢となり得る。不十分な削減では感染者を減少させる期間が更に延びかねないことを十分に理解した上で、できるだけ早期に劇的な接触行動の削減を行うことが求められる。
(4-3) 2020-04-22 専門家会議「提言」図2 [グラフ下の説明]
流行対策開始前までは R0=2.5 で感染者数が増加する。感染日別の新規感染者数は 80%の接触削減により 15 日間で 1 日 100 人まで減少する(青線)。しかし、接触の削減が 65%であると 1 日 100 人に達するには 90 日以上を要する(灰色線)。また、確定患者として報告されるにはおおよそ 2 週間の遅れを要し、80%削減のとき 1 日 100 人に到達するには緊急事態宣言から約 1 か月を要する(オレンジ線)。黄色線は 65%削減のときの確定患者数である。
(5)検討:「接触8割減」に関する説明はなぜ不十分だったのか
西浦氏、専門家会議、政府からは「接触8割減」に関して、数理モデルの提示や、まとまった分かりやすい説明がありませんでした。これは極めて不可解です。
本節にこの件を書いていたのですが、独立して読めるようにするため、加筆して別記事としました。(この「別記事」はまだ書いていません。)
この件を、「西浦氏に関して」「専門家会議や政府に関して」に分けて検討しています。
(6)結論
2020年春の国民は、「接触8割減」についてのまとまった分かりやすい説明を必要としていました。そして裏付けとなる数理モデルの説明も必要でした。これらは「接触8割減」という前例のない特殊な政策を国民が理解するために必要でしたし、「「接触8割減」が科学的に必要だ」との専門家の主張を検証するためにも必要でした。しかしそうした説明は示されませんでした。
こうした説明がなかったために、「接触8割減」という特殊な政策は本来あるべきだった国民の理解や検証が大きく欠落したまま実施されてしまいました。
ただし、尾身氏ら専門家が「科学だ」と信じていたらしい(西浦氏による)グラフは、科学ではありませんでした。 この政策の周辺には、非常にややこしく良くない事情があります。
- 「現在の全国的な状況については、」~「にのぼっており、」は、 [専門家会議 2020-04-22]「提言」の本文の一部。↩
- グラフに使用した数値は、厚労省のサイト から 2023-05-13 に取得したものなので、2020-04-07 当時に把握されていた数値とは違いがあるかも知れません。↩
- 「提言」の記述では、「誰が何の根拠でこの目標を提案したのか」との重要な情報が不明確ですが、これをこの前後に明記しました。↩
- 私は、「接触8割減」の数理モデルは「42万死亡推計」の数理モデルと同じだと考えています(計算の条件はやや異なります)。そう考える理由は、[sarkov28 2024] の 論考 pdf の 3節、4節に。↩
- 「提言」では、「確定患者(数)」を報告新規感染者(数)という意味で使っていますが、報告新規感染者(数)の方が適切な表現です。こうした説明では、可能な限り統一された分かりやすい用語を使うべきです。西浦氏が 図2 で「感染日」「報告日」との表現で区別している上、「確定患者(数)」には他の意味(報告日基準・感染日基準に共通した、(速報値ではない)確定値との意味)もあるからです。↩
-
参議院 予算委員会 2020-04-29 から
https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=120115261X01720200429¤t=1
四月二十二日の専門家会議の提言において、一日当たりの新規感染者数が五百から百までに減少する時間について、接触削減が八〇%であれば十五日間要するところ、六五%であれば九十日以上を要するということが示されているところでございます。↩
-
[sarkov28 2024]
↩
↩
「接触8割減」政策の科学的根拠
https://sarkov28.hatenablog.com/entry/2024/05/17/213470 -
[専門家会議 2020-04-22]
↩
↩
会議: https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/taisaku_honbu.html
資料: https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/senmonkakaigi/sidai_r020422.pdf
「提言」: https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000624048.pdf
更新履歴
- 2024-06-17
公開 - 2024-06-18
(5)を改稿し、(5-1)(5-2) としました。 - 2024-12-09
本稿で検討している計算モデルは、全人口を3つに区分しています。この区分を「世代」と記述していたのですがこれを「年齢区分」に修正しました。修正した理由は、別稿 の(修正履歴)2024-12-09 に書きました。