- (1)SIR モデルの概要
- (2)「接触8割削減」とは何か
- (3)4月13日の山手線は「接触8割減」を達成
- (4)4月18日の東京や大阪のオフィス街は「接触8割減」をほぼ達成
- (5)考察
- (6)補足(キヤノングローバル研究所水野貴之氏らによる接触削減の推計)
厚生労働省クラスター対策班などの情報に基づいた「接触8割削減を」という報道には、
https://scirex.grips.ac.jp/newsletter/vol12/02.html
に掲載のグラフが示されていました。
このグラフの背景となる微分方程式について以下のように考察したところ
「報道されている緊急事態宣言以降の人の移動の削減は、少なくとも一部ではクラスター対策班の目標を満たしており、他の事例でもほとんど満たしているものがある」
という結論に至りました。
ところが報道では「接触数削減は目標に届いていない」という論調が繰り返されています。
報道の論調は正しいのでしょうか。
(1)SIR モデルの概要
牧野淳一郎氏の考察(以下「牧野考察」と記す)
http://jun-makino.sakura.ne.jp/articles/corona/note001.html
などによると、グラフは、SIR モデルのシミュレーション結果です。
SIR モデルについては、クラスター対策班の西浦博氏による 2006 年の論文 (稲葉寿氏との共著、以下「西浦論文」と記す)https://www.ism.ac.jp/editsec/toukei/pdf/54-2-461.pdf に記述があります。
なお、西浦論文と牧野考察における SIR モデルは、やや形が異なります。以下は西浦論文の表記です。
は未感染者数、 は感染者数、 は回復者数です。
未感染者というのは「感染していなくて、免疫も持っていない者」という意味です。
感染が始まる前は、「全人口=未感染者数」となります。
この微分方程式の意味するところをおおまかに言葉で書くと、
- 「未感染者数」は、「新しく感染した人数」だけ減る。
- 「新しく感染した人数」は、「未感染者数」×「感染者数」に比例する。
比例定数は 。 - 「感染者数」は、「新しく感染した人数」だけ増え、「新しく治った人数」だけ減る。
- 「新しく治った人数」は、「感染者数」に比例する。比例定数は 。
- 「回復者数」は、「新しく治った人数」だけ増える。
となります。
これは、感染症に関するこの種の微分方程式の中では、最も簡素なものです。
(2)「接触8割削減」とは何か
さて、西浦氏は、グラフを提示しながら「接触を8割減らしたい」と述べていました。
「接触を8割減らす」というのは、これら微分方程式の中の (=「新しく感染した人数」)を8割減らすことだと思われます。
緊急事態宣言後、 はどう変化したのでしょうか。
(3)4月13日の山手線は「接触8割減」を達成
例えば4月13日の時事通信の報道
「ラッシュ消え、通勤一変 全員マスク、つり革触れず―「緊急事態」1週間・東京」
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020041300725&g=soc
では
JR東日本によると、緊急事態宣言後の4月8日からの3日間で、 朝の通勤時間帯に山手線を利用した人は前週から約35%減少。 2月初旬と比べると約60%減った。
とあります。
通勤時間帯に山手線を利用した人は、約60%減少しました。
乗客が60%減少すれば、未感染者 も感染者 も60%減少するでしょう。
したがって、緊急事態宣言後の と を と とすると、以下のように書けます。
したがって緊急事態宣言後の は、
となります。
は、宣言前の の 0.16 倍、すなわち84%減です。
これはクラスター対策班の目指す目標「8割減」を達成しています。
(4)4月18日の東京や大阪のオフィス街は「接触8割減」をほぼ達成
オフィスの方はどうだったか。
4月18日の朝日新聞デジタルの報道
「オフィス街の人出、5~6割減 政府の目標に届かず」
https://news.yahoo.co.jp/articles/79ec579634186ee362d227d2f4cec8596a0629e0
には
平日の13・17日の昼間に東京や大阪のオフィス街にいた人の数が、 新型コロナウイルスの感染拡大前の2月前半と比べ、5~6割減ったことがNTTドコモのデータでわかった。
とあります。オフィス街にいた人の数は、5~6割減りました。
5割減の場合、(3)と同様に計算すると は、 宣言前の の 0.25 倍、すなわち75%減となります。
計算式は、。
5.5割減の場合は、同様に 宣言前の の約 0.20 倍、すなわち約80%減となります。
計算式は、。
これはクラスター対策班の目標をほぼ満たしています。
(5)考察
これらの計算のどこかに勘違いがあるのでしょうか。
もし勘違いをしていないのなら、メディアの論調はおかしいのではないでしょうか。
メディアは「まだ目標に達していない」という報じ方をするのではなく、「電車は目標到達。これを維持し、さらに減らしていこう。オフィスはもうちょっと減らそう。減らせば減らすほど、より早く感染収束させることができる」と言うべきなのでは。
もしかすると、限定された状況(=山手線やオフィス)で満たされていても、社会全体では満たされていないという問題もあるのかも知れませんが、そうした事情を考慮してもメディアの論調には疑問が残ります。
(6)補足(キヤノングローバル研究所水野貴之氏らによる接触削減の推計)
本項目は、後日の追記です。
結局、本エントリの主旨は正しそうです。例えば:
GPS位置情報ビッグデータによる人口分布の高解像度化と接触頻度の推定
https://cigs.canon/article/20200508_6395.html
これは本エントリとは全く異なる方法によって接触確率を計算したものですが、計算結果に関してはほぼ同じ結論になっています。
しかし専門家会議方面やメディアからの、説明の修正はないようです。
本件についてはまだ色々と言いたいことがあるのですがとりあえず措きます。